AIと紡ぐ「弱者の物語」
AIにできること、できないこと

病を得てから十数年が経った。年齢とともに体力が落ち、コロナ禍によって人と会う機会も減った。
若い頃の私は、フリーランスのストーリーデザイナーと名乗り、アジア各地を歩き回っていた。それが今では、都内での打ち合わせに出かけることさえ負担になっている。講座や取材も、以前のようにはできなくなった。
私は自分を、物語構造を設計する技術者だと考えている。しかし、この仕事はかなり特殊である。体力的にも経済的にも余裕がないなかで、自宅だけで完結する仕事を探さなければならなかった。
自分がその立場になって分かったことだが、身体や生活に制約がある人には、選べる手段が少ない。
そこで私は、生成AIを仕事の補助に使うことにした。
きっかけは、AIとの対話のなかで出てきた「認識遷移」という言葉である。
物語とは、簡単に言えば「目的を追う主人公が、敵とぶつかり、変化する過程」である。しかし、主人公、目的、敵、事件、変化と要素を並べるだけでは、全体の因果関係を扱いにくい。
私は以前から、これらを一つにまとめる言葉を探していた。
「変化」は結果を表す言葉である。それに対して「遷移」には、ある状態から別の状態へ移っていく時間が含まれている。
主人公が何を信じていたのか。
事件を通して何を知ったのか。
最後に世界や自分をどう捉え直したのか。
この一連の流れを「認識遷移」と考えれば、物語を連続した過程として設計できる。
私は生成AIとの対話を利用しながら、この考え方を実際の創作の記憶に当てはめて整理し直してみることにした。
リブート「焼き芋と猫」
面倒くさいプロセスを苦労話にする、というテーマで以前にも紹介したことのあるストーリーだが、これはある日、どうしても焼き芋が食べたくなって思いついた物語である。
「自分で焼き芋屋を出すのはなかなか大変だろうな。でも苦労話こそ面白いわけだから、この『焼き芋屋を起業』する手順をストーリーに取り込もう」と考えたことがきっかけとなった。
主人公は三十四歳の女性である。現代の東京で、移動式の焼き芋屋を始める。
テーマは人情であり、起業と成功までの過程を物語に取り入れることにした。
まず生成AIに、基本となるあらすじを作らせた。
AIが作ったのは、仕事に疲れた佐藤美咲が移動式の焼き芋屋を始め、客や地域の人々との交流を通して成長していく物語だった。店は少しずつ知られるようになり、美咲は仕事上の困難と人間関係に向き合っていく。
方向性は分かるが、このままではまだまだ抽象的である。誰が、どこで、何に困るのかが見えないからだ。神は細部に宿るという。私はさらにAIへの指示を重ねた。
現実の手順を調べる
物語に具体性を加えるため、私は生成AIに、移動式焼き芋屋を始める際の許可や営業場所について調べさせた。
AIは、自治体や保健所への確認、営業場所の規則、土地や施設の管理者との交渉、契約、価格設定、在庫管理、販促計画などが必要だと答えた。やれやれ、本当に大変だ。
ここで重要なのは、AIの回答をそのまま開業マニュアルとして使うことではない。実際の営業には地域ごとの確認が必要である。
創作上の収穫は、焼き芋屋を始めるまでに、いくつもの手続きと交渉が存在すると分かったことだ。私はピンときた。ここにお宝が眠っている、と。
手続きを事件に変える
許可の取得や営業場所の確保は、現実では面倒な作業である。しかし物語では、その面倒さを事件に変えられる。
申請がなかなか通らない。
営業したい場所を使わせてもらえない。
周辺の店から反対される。
必要な資格を持つ協力者が見つからない。
一つひとつの工程には、主人公を助ける人、断る人、条件を出す人が関わる。その人物との関係を描けば、事務的な手続きがエピソードになる。
生成AIに調べさせたのは開業の方法だが、私がそこから得たのは、事件と登場人物の候補である。
猫から協力者を作る
次に、主人公へ最低限の特徴を加えることにした。
美咲は猫が好きで、迷い猫を見つけて保護することが得意である。
この段階では、外見や細かな性格までは決めなかった。個性を増やしすぎると、物語の中心が焼き芋屋の開業から離れる可能性があるからだ。
まず必要なのは、物語を最後まで進めるための大筋である。
そこでAIには、美咲が迷い猫を保護したことをきっかけに、食品衛生責任者の資格を持つ人物と知り合い、焼き芋屋の協力者を得るエピソードを作らせた。
AIは、美咲が路地裏で猫を保護し、その途中で資格を持つ鈴木太郎と出会う案を返した。猫を助ける美咲の責任感を見た鈴木が、彼女に協力するという展開である。
ただし、出会いの因果関係は弱く、こちらが指定した条件から外れている部分もあった。
AIはエピソードの材料を出せるが、その材料が物語として成立しているかどうかは作者が判断しなければならない。
恋愛ではなく、女性同士の協力にする
私はこの物語を恋愛中心の話にはしたくなかった。
描きたかったのは、生活上の制約を抱える人たちが、それぞれにできることを持ち寄って仕事を始める物語である。そこで、食品衛生責任者の資格を持つ人物を女性に変更した。
AIには、美咲が女性の飼い猫を見つけたことから友人になり、二人で焼き芋屋を始める展開を作らせた。
AIが返した案では、美咲が迷い猫を探したことをきっかけに鈴木理沙と出会う。美咲の行動力と理沙の専門知識を組み合わせ、二人は移動式焼き芋屋を始める。仕事上の問題を協力して乗り越えるなかで、二人の関係も変わっていく。
最初の案よりも、私が描きたい方向には近づいた。
それでも、まだ物語の概要にすぎない。具体的な問題、対立する相手、主人公の目的、認識の変化、結末は別に設計する必要がある。
生成AIに任せたこと
今回、生成AIに任せたのは三つの作業である。
一つ目は、移動式焼き芋屋を始めるために必要な手順を調べることだ。
二つ目は、その手順から事件や登場人物の候補を作ることだ。
三つ目は、登場人物の条件を変更し、物語の方向を比較することだ。
生成AIが物語を完成させたわけではない。
調査し、候補を出し、条件を変えた案を作る作業をAIに任せたのである。どの案を選び、どこを修正し、どのような認識遷移を作るかは作者の仕事だ。
この焼き芋屋の物語も、まだ骨組みの途中である。ここから問題、敵、目的を決め、事件を起こし、最後に美咲が何を認識し直すのかを設計する必要がある。
生成AIは、知らない分野を調べたり、考えるための材料を増やしたりする用途に向いている。ただし、その情報が正しいか、物語に必要か、因果関係が成立しているかまでは保証してくれない。
AIに判断を任せるのではなく、調査と案出しを分担させる。
私にとっては、それが無理なく続けられる生成AIとの付き合い方である。外へ出ることが難しくなっても、調べ、考え、物語を設計する仕事まで失ったわけではない。
生成AIとの地道な分担によって、止まりかけていた仕事を少しずつ進められるようになったのである。
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