あなたの物語は、どこまで面白くなるのか?

物語作りの試行錯誤
前回は、わずか200文字足らずの『祖父とキーホルダー』を材料に、人の心を動かす物語の仕組みを解説してきました。
前回の記事はこちら↓↓↓↓↓
しかし、仕組みがわかったからといって、すぐに感動的な物語が書けるわけではありません。
物語づくりの面白さは、むしろここからです。
それでは、ちょっとした実験をしてみましょう。
まず短いあらすじを読み物らしく整え、次に祖父の愛情をもっとわかりやすく伝える工夫をしてみます。そして最後に、あえて余分なものを削り、たったひとつの小道具に二つの意味を持たせることに挑戦します。
完成した物語だけでなく、試行錯誤の過程もお見せしましょう。
物語は、どこを変えると、どのように面白くなるのか。
その違いを、一緒に楽しんでいただければと思います。
1.200文字のあらすじを、小説にしてみる
先ほどの『祖父とキーホルダー』は、わずか200文字足らずの箇条書きでした。
物語の仕組みを説明するには十分ですが、小説として読むには、もう少し登場人物の動きや会話が欲しいところです。
そこで、まずは原案の仕掛けを変えずに、短い読み物にしてみましょう。
『祖父とキーホルダー』第1稿
誕生日にプレゼントをくれなかった祖父に腹を立て、結衣はもう何日も口をきいていなかった。
ある日、母に頼まれて祖父の家へ届け物に行くと、祖父が庭先に立っていた。
「悪いが、先に家に入っててくれ」
祖父から鍵を渡された結衣は、黙って玄関へ向かった。
ところが、鍵を差し込もうとしても、鍵穴が壊れている。
ふと見ると、鍵についているキーホルダーに、四桁の数字が書かれていた。
玄関の脇を探すと、小さな数字盤が取り付けられている。
「鍵が壊れたんで、暗証番号に変えたんだ」
いつの間にか後ろに来ていた祖父が、照れくさそうに笑った。
「だけど、番号をすぐ忘れちまう。だから、ここに書いておいたんだ」
祖父はキーホルダーを指さし、それから、ふと思い出したように尋ねた。
「そういえば、結衣の誕生日は、もう過ぎたか?」
結衣はキーホルダーを握りしめたまま、涙をこぼした。
いかがでしょう。
箇条書きに比べると、祖父と孫の関係が少し身近になったのではないでしょうか。
結衣は、プレゼントをくれなかった祖父を冷たい人だと思っています。
ところが、実は祖父は暗証番号を忘れてしまうほど物忘れが進んでいるらしい。
もしかすると、誕生日のプレゼントをくれなかったのも、結衣への愛情がなくなったからではなく、単に忘れてしまっただけなのかもしれません。
そう気づいた結衣が涙をこぼす。
この流れで、ひとまず小さな物語にはなりました。
しかし、ちょっと気になることがあります。
祖父が結衣を大切に思っているという証拠は、どこにあるのでしょう?
確かに祖父は物忘れがひどくなっています。でも、それは誕生日を忘れた理由の説明にはなっても、孫への愛情を証明するものではありません。
結衣が祖父を責めていたことを後悔する気持ちは伝わります。
けれども、何かもう少し、人生の機微みたいなものが捉えられていない。
例えば、祖父が喪失したものは何か? そして受け継がれたものとは? ここが大事です。
この話の場合は、祖父の「忘れられていく記憶」と、「忘れられない愛情」を、孫娘の目を通して描くことはできないでしょうか。
2.プレゼントを登場させたら、どうなる?
そこで、ひとつ小道具を加えてみることにしました。
誕生日のプレゼントです。
祖父は結衣の誕生日を忘れていた。しかし、実はプレゼントを用意していた。
この設定なら、祖父が孫を思う気持ちが、もっとはっきりと伝わるはずです。
さて、どうなるでしょう。
『祖父とキーホルダー』第2稿
誕生日にプレゼントをくれなかった祖父に腹を立て、結衣はもう何日も口をきいていなかった。
ある日、母に頼まれて祖父の家へ届け物に行くと、祖父が庭先に立っていた。
「おお、結衣か。ちょうどよかった」
祖父はポケットから鍵を取り出した。
「悪いが、先に家に入っててくれ」
結衣は黙って鍵を受け取り、玄関へ向かった。
ところが、鍵を差し込もうとしても、鍵穴が壊れている。
ふと見ると、鍵についているキーホルダーに四桁の数字が書かれていた。
玄関の脇を探すと、小さな数字盤が取り付けられている。
「鍵が壊れたんで、暗証番号に変えたんだ」
いつの間にか後ろに来ていた祖父が、照れくさそうに笑った。
「だけど、番号をすぐ忘れちまう。だから、ここに書いておいたんだ」
結衣が数字盤に番号を打ち込むと、カチリと音がして扉が開いた。
玄関には、小さな紙袋が置かれていた。
かわいらしいリボンが結ばれ、持ち手には「ゆいへ」と書かれた札がついている。
祖父は紙袋を見つめ、困ったように首をかしげた。
「それ、いつ渡すんだったかな」
そして結衣に尋ねた。
「そういえば、おまえの誕生日は、もう過ぎたか?」
結衣は紙袋を胸に抱き、うつむいた。
「……うん。でも、ありがとう」
祖父が不思議そうに笑った。
結衣は涙をこぼした。
どうでしょうか。
先ほどより、祖父の気持ちがはっきり伝わるようになりました。
プレゼントを渡す日を忘れてしまっても、結衣を喜ばせようとしていたことはわかります。
ここで初めて、祖父の物忘れは、単に気の毒な事情というだけでなく、大切な人への愛情と結びつくのです。
しかも、結衣は冒頭で祖父と口をきかないと決めていたのに、最後には自分から「ありがとう」と声をかけています。
主人公の心の変化も、最初よりわかりやすくなりました。
なるほど。これなら感動してもらえるかもしれません。
……でも、私はここで、また少し考え込んでしまいました。
この紙袋、本当に必要なのでしょうか?
確かに、プレゼントが登場したことで祖父の愛情は伝わりやすくなりました。
ところが、物語の仕掛けは少々複雑になっています。
一つ目の発見は、鍵ではなくキーホルダーに書かれた数字で扉が開くこと。
二つ目の発見は、祖父が結衣のプレゼントを用意していたこと。
つまり、読者は二回、別々の発見をするわけです。
もちろん、これはこれで立派な物語です。
でも、もし、この二つの発見をひとつにまとめられたら?
たったひとつの発見が、扉の開け方だけでなく、祖父の愛情まで教えてくれる。
そんな物語にできないでしょうか。
3.もっと少ない道具で、もっと深く感動させる
そこで、せっかく登場させた紙袋を、思い切って削除することにしました。
代わりに注目したのは、最初から物語に登場していたキーホルダーです。
このキーホルダーに書かれた数字を、単なる暗証番号で終わらせない方法はないでしょうか。
いくつか考えてみました。
例えば、キーホルダーそのものが、幼い結衣から祖父へのプレゼントだったら?
古くなっても捨てずに持ち続けていたことが、祖父の愛情を示すかもしれません。
あるいは、キーホルダーに書かれた数字が、幼い結衣の手書き文字だったら?
大切な思い出が、ずっと祖父の暮らしを支えていたという物語になります。
どちらも悪くありません。
しかし、もっと単純な方法がありました。
暗証番号そのものを、結衣の誕生日にすればいいのです。
祖父は、まだ記憶が確かだったころ、玄関の暗証番号に結衣の誕生日を選んだ。
それは祖父にとって、絶対に忘れないと思えるほど大切な数字だったのでしょう。
ところが、年齢を重ね、やがてその数字さえ忘れてしまうようになった。
そこで、キーホルダーに書いておくことにしたのです。
しかも、何度も忘れてしまうので、そのたびに書き直していたとしたら?
これは、なかなか切ない光景です。
誕生日を忘れてしまう祖父。
しかし、キーホルダーには、その誕生日の数字が何度も書き直されている。
忘れてしまうことと、忘れたくないこと。
その両方が、ひとつの小さなキーホルダーに残されているのです。
これなら、もう紙袋は必要ありません。
さて、もう一度書き直してみましょう。
『祖父とキーホルダー』第3稿
誕生日にプレゼントをくれなかった祖父に腹を立て、結衣はもう何日も口をきいていなかった。
ある日、母に頼まれて祖父の家を訪ねると、祖父が庭先に立っていた。
「悪いが、先に入っててくれ」
祖父から渡された鍵を、結衣は黙って受け取った。
ところが、玄関の鍵穴は壊れていた。
ふと見ると、キーホルダーに四桁の数字が書かれている。何度も書き直したらしく、数字が重なっていた。
玄関の脇に小さな数字盤を見つけ、結衣はその番号を打ち込んだ。
カチリと音がして扉が開いた。
「昔、鍵が壊れたときにな」
祖父が照れくさそうに笑った。
「絶対に忘れない数字にしたんだ。だけど最近は、それも忘れちまう」
結衣はもう一度、キーホルダーを見た。
数字は、結衣の誕生日だった。
「なあ、結衣」
祖父が尋ねた。
「おまえの誕生日、もう過ぎたか?」
結衣は、何度も書き直された数字を指でなぞった。
「……うん」
それから、小さな声で言った。
「おじいちゃん、ありがとう」
4.たったひとつの数字に、三つの物語が隠れている
さあ、いかがでしょう。
私は、こちらのほうが物語として面白いと思います。
なぜなら、キーホルダーに書かれた四桁の数字が、三つの意味を持つようになったからです。
一つ目は、扉を開けるための暗証番号。
これは、物語の中で実際に役立つ数字です。
二つ目は、祖父が大切にしていた孫の誕生日。
この数字が結衣の誕生日だったとわかった瞬間、それまで祖父の無関心を疑っていた結衣の気持ちは変わります。
そして三つ目は、失われつつある記憶の痕跡。
祖父は大切な日を忘れないように、何度も数字を書き直していました。
この数字から、結衣は何を感じるでしょうか。
誕生日を忘れられたことへの怒りでしょうか。
それとも、忘れまいとしていた祖父への愛情でしょうか。
あるいは、自分が当たり前だと思っていた祖父との時間が、少しずつ失われていくことへの悲しみでしょうか。
結衣の心の中では、おそらくいくつもの感情が重なっているはずです。
ここが重要です。
祖父は「おまえのことが大切なんだ」とは一言も言っていません。
結衣も、祖父の事情をすべて理解したわけではありません。
けれども、何度も書き直された数字を見れば、読者はそこに祖父の姿を想像することができます。
忘れてしまった。
だから、また書き直す。
それでも、また忘れてしまう。
その繰り返しです。
大切な記憶を失っていく人が、それでも何かを残そうとしていた。
物語の感動は、こうした事実を読者自身が発見したときに生まれるのではないでしょうか。
そして、ここで最初に説明したXYAB構文の面白さが発揮されます。
「扉を開けるのに必要なのは、鍵だと思ったらキーホルダーだった」
これが最初のどんでん返しでした。
ところが、そのキーホルダーに書かれた数字を知ることで、もう一つの思い込みも覆されます。
「祖父は自分の誕生日など気にしていないと思ったら、忘れないようにしていた」
二つの発見が、一つの数字でつながったわけです。
これは、PIKOZO METHODにおける「切り札の条件」の1つ、
「複数の問題をドミノ倒しのように一撃で解決する」の具体例だと言えます。
私は、このように、ひとつの発見が複数の意味を変えてしまう構造に、物語ならではの美しさを感じます。
5.最後の「ありがとう」は必要だろうか?
さて、ここまで書き直してきましたが、まだ迷っていることがあります。
最後の結衣の台詞です。
「おじいちゃん、ありがとう」
この台詞を残せば、それまで祖父と口をきかなかった結衣の変化がはっきり伝わります。
しかし、この台詞を削除して、
「結衣は、何度も書き直された数字を指でなぞった」
で終わらせたらどうでしょう。
祖父への理解や感情の変化を、読者自身に想像してもらうことができます。
あるいは、最初の原案のように、涙をこぼすだけで終わらせてもいいでしょう。
どれが正解というわけではありません。あるいは全てが正解です。
物語の結末で、どこまで読者に説明するのか。
どこから先を、読者の想像に委ねるのか。
その選択によっても、作品の印象は大きく変わります。
私はどちらかといえば、読者にほんの少し考えてもらえる余白を残すほうが好きです。
登場人物の感情をすべて説明してしまうと、読者がその感情を自分のものとして発見する楽しみまで奪ってしまうことがあるからです。
ただ、明確に感情を伝える結末にも価値があります。
大切なのは、どの表現が正しいかではなく、読者に何を感じてほしいのかを考えて選ぶことなのでしょう。
6.物語は、日常の中に隠れている
こうして振り返ってみると、今回の物語に登場したのは、ごくありふれたものばかりです。
鍵、キーホルダー、四桁の数字。
そして、祖父と孫の短い会話。
大きな事件も起きません。特別な能力を持つ人物も登場しません。
それでも、そこに小さな発見を仕込むことで、人の心を動かす物語をつくることができました。
しかも、最初のあらすじから、登場人物も舞台も、ほとんど変えていません。
変えたのは、読者が何を発見し、その発見にどんな意味を感じるかという部分です。
これは、私が物語づくりで最も面白いと感じているところでもあります。
何か珍しい出来事を探さなくても、特別な世界を考え出さなくても、物語の種は身の回りにたくさん転がっています。
例えば、古くなっても捨てられない小物。
引き出しの奥にしまわれた手紙。
何年も同じ場所に置かれている写真。
誰かにとっては何の変哲もない品物が、別の誰かにとっては、かけがえのない記憶につながっているのかもしれません。
そして、その意味が明らかになった瞬間、私たちには、それまでとは違う景色が見えてきます。
物語をつくるというのは、何もないところから嘘を考え出すことだけではありません。
目の前にあるものに、まだ気づいていなかった意味を発見することでもあるのです。
そう考えると、いつもの暮らしが少し面白くなってきませんか。
さて、最後にひとつだけ、ぴこ蔵から質問です。
あなたなら『祖父とキーホルダー』の結末を、どのように書くでしょうか。
結衣に「ありがとう」と言わせますか。
それとも、黙って数字をなぞるところで終わらせますか。
そんな小さな選択からも、あなただけの物語が始まるはずです。
物語を面白くすることと、完成させること
今回、わずか200文字のあらすじを、何度も書き直してみました。
プレゼントを加えてみたり、せっかく加えたものを削除してみたり。たったひとつの数字に、いくつもの意味を持たせてみたり。
こうした試行錯誤は、物語をつくる楽しさのひとつです。
でも、ここには少し困った問題もあります。
物語というのは、考えれば考えるほど、別の可能性が見つかってしまうものなのです。
今回の『祖父とキーホルダー』だって、まだまだ書き直せます。
祖父の台詞を変えたらどうなるだろう。結衣の年齢を変えたら? 最後の一行を削ったら?
考え始めると、きりがありません。
それが創作の面白さであると同時に、作品を完成させることの難しさでもあります。
実際、物語を書いていると、今すぐ直したいところが次々と見つかります。もっとよい展開を思いついて、最初から書き直したくなることもあるでしょう。
けれども、すべての可能性を試していたら、いつまでたっても結末にはたどり着けません。
どこを直すのか。そして、どこは直さずに先へ進むのか。
物語をつくるには、そんな判断も必要なのだと思います。
今回の小さな実験も、ひとまず第3稿で終えることにしました。
これが最高の結末かどうかは、私にもわかりません。
ただ、ここで一度完成させたからこそ、三つの稿を並べて、それぞれの違いを楽しむことができました。
完成とは、もう直すところがないという意味ではないのでしょう。
自分の考えた物語を、ひとつの形にしてみること。
そして、そこから初めて見えてくるものもあるのです。
もし、あなたにも、ずっと書き続けている物語や、途中で止まったままの作品があるなら……。
その物語に、次は何を書けばいいのか。
そんなことを、少し考えてみるのも面白いかもしれません。
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