物語が途中で止まるのは、才能の問題か?
どんなジャンルの物語も、最終的に描いている本質は3つに集約できます。
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変化する前の主人公
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変化を引き起こす出来事
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変化した後の主人公
物語とは、「人が、何かを経験して、別の人間になるまで」を描く装置です。
事件の派手さでも、設定の複雑さでもありません。 主人公がどう変わったのか。そこだけが、読者の記憶に残ります。
多くの作者が陥る罠
読者は、完成した物語を一方向に読み進めます。 作者は、全体を同時に設計しながら書いています。
ところが、多くの作者はここを取り違えます。
事件を面白くしようとする。 設定を盛ろうとする。 キャラクターを魅力的にしようとする。
その結果、「主人公がどう変わるのか」が後回しになります。
ゴールが決まっていないまま走り出すと、全力疾走しながら同時に「どこへ向かうか」を探すことになります。これは才能以前に、構造的に無理がある状態です。
まず決めるべきは「到着地点」
物語づくりで最初に決めるべきなのは、事件でも設定でもありません。
物語の最後に、主人公がどんな人間になっているのか。
ここがゴールです。
推奨する設計順は次の通りです。
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変化後の主人公
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変化前の主人公
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変化を引き起こす出来事
終点を先に決めることで、スタート地点と必要な出来事が自然に逆算できます。
「何を書けばいいか分からない」状態は、ほとんどの場合、ゴール未設定が原因です。
変化は「コントラスト」で設計する
変化後の主人公を決めると、変化前の姿もはっきりします。
重要なのは、その二人ができるだけ対照的であることです。
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賢くなって幸せになるなら、最初は愚かで不器用なほうがいい
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非合理な選択で幸福になるなら、最初は合理主義に偏っているほうがいい
振れ幅が大きいほど、「変わった」という実感が生まれます。
多くの人は、最初から魅力的で立派な主人公を作ってしまいます。しかし、それでは物語の中で伸びる余地がなくなります。
最初は未熟で、偏っていて、失敗しやすい。 だからこそ、変化した瞬間が物語になるのです。
(もちろん最後には、「変化前→出来事→変化後」という正しい時系列順に編集し直して完成です)
この考え方が「ドンデニスタのドグマ」です
では、その変化は何によって起こるのでしょうか。
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どんな経験が、価値観を揺さぶるのか
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どんな行動が、「変わった」と読者に伝わるのか
ここを感覚だけに任せると、再現性は生まれません。
「ドンデニスタのドグマ」は、この"主人公の変化"を感覚ではなく構造として扱うための設計思想です。
物語を最後まで書き切れる人と、迷子になる人の差は、才能ではなく、設計を持っているかどうかです。
もし今、
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書きたいのに、構造が見えない
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毎回、途中で迷子になる
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感覚頼みの創作から脱したい
そう感じているなら、きっと役に立つはずです。
必要な人に、必要なタイミングで届けば嬉しいです。
ドンデニスタのドグマ
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